ハンドボールの歴史

ハンドボールの歴史
(はんどぼーるのれきし)

 

ハンドボールの歴史は紀元前までさかのぼる。ここでは現代のハンドボールに至るまでの道のりを紀元前から解説する。

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概要

紀元前
・紀元前2000年ごろ、古代エジプト人の間で行われていたボールゲームがハンドボールの起源だといわれている。expulsim ludereという名前であり、「革の風船を二つのチームに分かれ弾くゲーム」である。残念ながら詳しい内容を記したものが残っておらず、このゲームの詳細は分かっていない。

 

・ローマ帝国で行われていた球技のharpasturmが起源だという説もある。harpasturmは「小さいボールの球技」という意味である。ジュリアス・シーザーもやっていたらしい。兵士の訓練として行われていたらしい。harpasturmは激しいコンタクト、タックルが伴う球技であり、ボールを持っている人間にのみタックルをしていいというルールもあった。ハンドボールの起源というよりラグビーの起源。

 

・また北アメリカ大陸では、チチメカ族もハンドボールのような球技が行っていた。この球技は「Reboteamanoconpelota dura」と呼ばれていて直訳すると”堅いボールを手で跳ねる”という意味である。長い年月行われていたようでルールも呼び名もたくさんある。

 

発展
・1000年前後に中世フランスでラ・スール(群衆フットボール)が流行する。ラ・スールは現代のスポーツの発展に大きな影響を与えた。

 

・ラ・スールは民衆が二つに分かれ、ボールを「太陽」と見立てて、村や町単位の広大な空間に、城壁や教会の門などをゴールとし、あらゆる手段を用いて敵陣のゴールまでボールを運ぶスポーツである。

 

現代ハンドボールの完成
・1900年ごろまでにデンマークでhandbold、チェコ共和国でhazena、スロバキアででhadzana、ウクライナでgandbol、ドイツでtorballが広まる。これらの球技は現代ハンドボールの礎となるスポーツで、現代ハンドボールと非常に近いルールをしている。

 

・19世紀の終わり頃、デンマークのホルガ―・ニールセンが7人制のハンドボール、1910年代にドイツのコンラッド・コッホが11人制のハンドボールを考案する。これらによって現代ハンドボールはほとんど形作られる。

 

・最初の国際大会が男子は1925年のドイツ対ベルギー、女子は5年後の1930年にドイツ対オーストラリアで行われる。

 

・初めは11人制のハンドボールが主流だったが、徐々に7人制の方が主流となり、女子は1962年、男子は1967年の世界選手権から7人制で一本化された。

 

現状
・世界選手権は男女とも2年に一度行われる。ヨーロッパ勢が上位を独占した時代が去り、男子はアフリカ勢、女子は韓国、ブラジルが台頭してきた。が、ヨーロッパ勢が強豪なのは変わりない。

 

・国際ハンドボール連盟は2009年まで女子と男子のジュニア世界選手権も組織している。2009年7月までに、国際ハンドボール連盟には166の連盟が加盟しており、チームは約79万5千チーム、選手は約1900万人を数える。

 

紀元前

画像出典:https://fortieswardrobe.blogspot.com 

ハンドボールの歴史について遡っていくと紀元前まで遡ることができる。ここでは紀元前まで遡り、ハンドボールの起源とされるスポーツについて解説していく。

 

ハンドボールの起源とされるスポーツと言っても詳しい記録が残っていないため「これがハンドボールの起源だ!」とはっきり言えるスポーツはなく、「これが起源なのでは?」と言われているスポーツがあるのみである。

 

その中で起源とされる可能性が高い古代エジプト人のボールゲーム「expulsimludere」、ローマ帝国の球技「harpasturm」、そして北アメリカの伝統的な球技「ReboteaManoconPelotaDura」の三つを紹介する。

 

古代エジプト人のボールゲーム「expulsim ludere」

・ハンドボールの起源として最も有力なのが古代エジプト人のボールゲームであるexpulsimludereである。

 

・expulsimludereは、紀元前2000年ごろ古代エジプト人の娯楽だった様々なボールゲームの一種で、「干し草やパピルスが入った革の風船を女性が二つのチームに分かれ弾くゲーム」である。

 

・”ボールを手で扱う”、”二つのチームに分かれる”、”ボールの大きさ”などハンドボールとの共通点が多くあるためハンドボールの起源として最有力候補である。

 

・ちなみに紀元前2000年ごろの日本では縄文時代が終わりを告げようとしていた。メソポタミア文明ではハンムラビ法典が制定されていた。

 

・expulsim ludereはその後、アレキサンダー大王によって紀元前1世紀に植民地を通してローマ帝国にも広められたといわれている。

 

・実はexpulsim ludereという名前はローマ帝国で呼ばれていたこのゲームの名前であり、古代エジプトで呼ばれていた名前ではない。

 

・ハンドボールの起源として有力な説の中では最古の説である。

 

・残念ながらexpulsimludereの正確な詳細・内容は分かっていない。そのため”expulsim ludereがハンドボールの起源”と断定することはできない。ハンドボールの起源として有力な新事実が判明し、ハンドボールが4000年の歴史を持つスポーツと言える日が来るのを願うばかりである

 

ローマ帝国の球技「harpasturm」

・ローマ帝国で行われていたharpasturm(ハルパストゥム)もハンドボールの起源ではないかと言われている。先ほどのexpulsimludereもローマ帝国で行われていたが、expulsimludereとharpasturmは別の球技である。

 

・harpasturm(ハルパストゥム)はという名前は「小さいボールの球技」を意味し、ローマ帝国で700〜800年間にわたって人気があった球技である。

 

・サッカーボールなどに比べると比較的小さく堅い球を使い、中心線で分割された長方形のフィールド上で5〜12人のプレイヤーで行われていた。プレイヤーにはポジションがあり、様々な戦略・規則もあったとされ球技として成熟していたものだった。harpasturmの規則の一つに、ボールを持っている選手だけ接触プレーができるというものがある。そのため激しいコンタクト・タックルもあったと記録されていてharpasturmは結構激しめの球技だったようである。

 

・ジュリアス・シーザーもこのharpasturmを行ったことがあると推測されている。また、ジュリアス・シーザーは兵士の体力強化のためにharpasturmを兵士にやらせていたとされている。

 

・ローマ人とイギリス人の間で行われたharpasturmの試合の記録もある。

 

・harpasturmも現代のハンドボールと共通点が多いことからハンドボールの起源であるといわれている。

 

・しかし、激しいコンタクト・タックルなどがあるなどの点からラグビーとの共通点も多く、ラグビーの起源ともされる。正直、harpasturmはハンドボールとの共通点よりもラグビーとの共通点の方が多いため、harpasturmをハンドボールの起源とする説は今一つ説得力に欠けている。

 

北アメリカの伝統的な球技「Rebote a Mano conPelotaDura」

・紀元前1000年ごろ北アメリカのメキシコあたりでもReboteamanocon pelotaduraというハンドボールに似た球技があったという記録がある。直訳すると”堅いボールを手ではねる”という意味のこのReboteamanocon pelotaduraは、主にチチメカ族の間で行われていた。

 

・Reboteamanocon pelotaduraを行う様子が描かれた多くの絵から、各町の祭りで行われている伝統的な球技であり、チチメカ族の生活の重要な部分であったと推測されている。

 

・長きにわたり人気があったようで様々なルールや形式が存在している。中には20×40フィートの土地で行うという記録もある。これは現代のハンドボールのコートと縦と横の長さの比が変わらない。

 

・多くの古代遺跡にこのReboteamanocon pelotaduraに使われたような地形が残っている。

 

ハンドボールは多くの器具や複雑な道具が必要な近代的なスポーツと違い、比較的単純な道具で行うことができるスポーツであるため、世界中の様々な場所でハンドボールに似た競技が行われていたようである。

 

中世

中世でのハンドボールの歴史には、中世フランスのあたりで大流行したラ・スール(群衆フットボール)というスポーツが大きく関わっている。ラ・スールはハンドボールのみならず、現代のスポーツの発展にも大きな影響を与えた。ここではそのラ・スールについて解説していく。

ラ・スール(群衆フットボール)

・ラ・スールという名前はケルト語やラテン語で「太陽」を意味する単語が語源であるとされている。

 

・ラ・スールは民衆が二つに分かれ、太陽に見立てたボールを村や町単位の広大なコートで障壁や教会の門などをゴールをとし、投げる・蹴るはもちろんあらゆる手段を用いて敵陣のゴールまでボールを運ぶスポーツ。ラ・スールには身分制度による絶対的な境界線は無かった。そのため民衆の間でとても人気があるスポーツとなりフランス全土に普及した。

 

・ラ・スールという呼び方やルール自体は地方によって異なっていたが、ケルト文化の影響を強く受けているノルマンディー地方やブルターニュ地方で特に盛んに行われていた。

 

・ラ・スールのチーム分けは村vs村、教区vs教区の対抗だけでなく、既婚者vs独身者、都会民vs地方民など様々な形式で行っていた。

 

 

 


出典:https://en.wikipedia.org

 

・勝ったチームは豊作や息災などご利益があったとされている。

 

・ラ・スールをしている間はある程度の暴力は認められていた。しかし、徐々に競技がエスカレートしていくうちに農村では農作物に、都市部では家屋に損害を与え競技者自身も大けがをするなど、次第にある程度の暴力で済まないようになっていった。

 

・大けがを負わせた者を許すという内容の赦免状が大量に残されておりラ・スールの激しさを裏付けられている。14世紀にはフランスでラ・スール禁止令も出ている。

 

次第に危険性が高くなっていったラ・スールはフランス政府に禁止されるほど問題視されるようなものになってしまった。そういった経緯もあり、投げる・蹴るなど様々なスポーツの要素を含んでいたラ・スールは、姿を変えて多種多様なスポーツへと変わっていった。その結果、ラ・スールはハンドボールの歴史だけでなくサッカーやラグビーの歴史にも大きく影響を与えたようである。

 

 

 

競技として徐々に形作られるハンドボール

19世紀の初頭ごろには各地で現代のハンドボールのような競技がうまれていた。その後、それらの競技がまとめられて現代のハンドボールが完成した。
ここでは現代のハンドボールの礎となった競技について紹介していく。

 

デンマークのhandbold

・19世紀末にデンマークで、エアンスト(R.N.Erhanst)が実施。
・1チーム16名
・コートは30 m〜50 m
・ゴールは3m×2 m
・ゴールエリアは4〜7mの長方形
・最初の試合の記録は1904年

チェコ共和国のhazena

・1905年に女性のためのオリジナルの集団球技として設立。
・ルールは現代の7人制ハンドボールととてもよく似ている。
・1チーム7名
・コートは30 m×45 m
・ゴールは2×2 m
・ゴールエリアは6 mの半円
・現代の7人制ハンドボールと大きく違うのはコートが3つのエリアに分かれていることである。コートプレイヤーにも明確な役割が決まっており役割によってプレイすることができるエリア、できないエリアがある。

スロバキアのhadzana
ウクライナのgandbol
ドイツのtorball

・ボールを持って走ること、3秒以上ボールを保持すること、相手ボールを接触プレーで奪うことが禁止されていて、サッカーのボールを使用し、投げ渡しによってのみ進むパスゲーム。
・11人制ハンドボールの考案の元になった。
・1915年にベルリンで、マックス・ヘイジュアによって考案。
・1チームは4〜14名
・コートは20 m×40m
・ゴールは2 m×2 m
・ゴールエリアは4 mの半円

Raffball

 

7人制ハンドボール、11人制ハンドボールの考案

競技として徐々に形作られるハンドボールでも述べたように19世紀の終わりごろに北ヨーロッパで現代ハンドボールの大まかな形が完成した。
これらに基づいてデンマークで7人制ハンドボール、ドイツで11人制ハンドボールが考案された。この7人制、11人制ハンドボールが現代ハンドボールの発祥だと言われている。

7人制ハンドボール

・1906年、デンマークでホルガー・ニールセンによって最初のルールが制定、刊行。
・ホルガー・ニールセンは軍人、体育教師、オリンピックメダリストであり、人工呼吸法でも有名な人物。

11人制ハンドボール

・RaffballやTorballなどを基に考案。
・1917年、ドイツでMax Heiser、Karl Schelenz、Erich Konighによって最初のルールが制定、出版。
・1919年、Karl Schelenzによってルールが改良し、「ハンドボール競技規則」を制定。その後、1920年にベルリン体操連盟の名で刊行。
・1925年、ドイツとベルギーの間で最初の男子国際試合が行われた。
・1930年、ドイツとオーストリアの間で最初の女子国際試合が行われた。

現代ハンドボールの発祥はデンマーク?ドイツ?

7人制ハンドボールがうまれたデンマーク。11人制ハンドボールが生まれたドイツ。
現代ハンドボールの発祥はこのどちらかだと言われている。一昔前はドイツ発祥説が有力だったが、最近はデンマーク発祥説が有力となってきた。
なぜなら、ホルガー・ニールセンが1906年に刊行したルールブックが残っているからである。
しかし国際的には、Karl Schelenzが残した功績や最初の国際試合を行ったことからドイツ発祥説もまだまだ根強い。
発祥がどこか決めるにはまだまだ議論を重ねる必要があるようだ。

 

11人制から7人制ハンドボールへ主流が移る

当初は11人制ハンドボールが主流であったが、徐々に7人制ハンドボールの方に主流が移る。同様に、屋外から室内へと主流が移った。

屋外から室内へ

・1925年に男子、1930年に女子で11人制ハンドボールの国際試合が行われる。
・1926年、国際アマチュア陸上競技連盟の総会が屋外ハンドボールの国際ルールを作成するように委員会を指名。
・1928年、19か国で国際アマチュアハンドボール連盟(InternationalAmateurHandballFederation。略称IAHF)設立。国際ルールの統一化が行われる。
・1936年、ベルリンオリンピックで男子の11人制屋外ハンドボールが採用。しかし、その後のオリンピックではハンドボールは採用されなかった。
・1936年以降、屋内ハンドボールが北ヨーロッパの国々で発展。屋外ハンドボールから室内ハンドボールへ主流が移る。

7人制から11人制へ

・1938年、ドイツで男子世界選手権が行われる。その後1995年まで4年毎(3年毎の場合も)に開催される。
・1946年、国際ハンドボール連盟設立。
・1962年、女子が7人制で一本化。
・1967年、男子が7人制で一本化。

その後

・1972年、ミュンヘンオリンピックで男子の7人制ハンドボールが採用、再び世界の舞台に浮上。
・1976年、モントリオールオリンピックから女子ハンドボールが正式種目に追加。ハンドボールの人気の高かった北・東ヨーロッパが強豪国に。
・1995年、世界選手権が2年毎に開催されるようになる。この年はアイスランドで開催された。

 

現代

オリンピック競技として

ミュンヘンオリンピックで男子の7人制ハンドボールが再び採用されて以降は、オリンピック競技として定着している。女子のハンドボールも同様に、モントリオールオリンピックで採用されて以降定着している。

世界選手権

世界選手権は男女とも2年に一度行われる。
ヨーロッパ勢が上位を独占した時代が去り、男子はアフリカ勢、女子は韓国、ブラジルが台頭。
ちなみにヨーロッパ勢は、男子の世界選手権で1938年以来、2015年準優勝のカタールを除いた全てのメダルを独占していた。
女子も、2013年にブラジルが優勝するまでヨーロッパ勢が全て優勝していた。

国際ハンドボール連盟(InternationalHandballFederation。略称IHF)

2009年時点の国際ハンドボール連盟には166の連盟が所属している。チームは約79万5千チーム、選手は約1900万人である。
2011年時点で180の国と地域となった。2013年時点では174の連盟が所属している。
男女のジュニア世界選手権も組織している。

現代ハンドボール情勢

ヨーロッパ大陸で最も人気があり、サッカー・バスケットに及ばないものの、スポーツ人口調査で上位に位置する国もある。
ハンドボールは極東、北アフリカ、ブラジルでも人気がある。




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